葬儀や法事の際に故人へお供えいただいた御供物には、贈る方の温かい弔意と心遣いが込められています。適切なのし紙をかけて届けられるこれらの御供物を受け取った側にも、大切なマナーがあります。感謝の気持ちをどのように伝えれば良いのでしょうか。まず、御供物を頂戴したら、その場でお礼の言葉を伝えるのが基本です。葬儀や法事の当日に手渡しで頂いた場合は、「お心遣いいただき、ありがとうございます」など、感謝の気持ちを伝えましょう。深くお辞儀を添えることも忘れてはいけません。後日、改めて感謝の気持ちを伝える場合は、お礼状を送るのが丁寧な方法です。特に遠方の方や、葬儀・法事に参列できなかった方から御供物を頂いた場合は、お礼状を出すことを検討しましょう。お礼状は、法要が無事に済んだ報告と、御供物を頂いたことへの感謝を述べることが主な内容となります。いただいた品物について触れたり、御供物にかかっていたのし紙の丁寧さに言及したりするのも良いでしょう。発送の目安としては、四十九日の法要後一週間から二週間以内とされることが多いです。また、「御供物御礼」として、お返しをすることも一般的です。これは「香典返し」とは別に用意するもので、御供物の金額の三分の一から半額程度を目安に品物を選ぶことが多いです。お返しの品物には、香典返しと同様に弔事用の掛け紙(のし紙)をかけます。表書きは「御供物御礼」や「志」とし、水引の下には喪家の姓、または「〇〇家」と記載します。お返しの品物は、お礼状と一緒に送るか、品物のみを送る場合でもお礼状を別途送るのが丁寧です。御供物とそののし紙には、贈る側の様々な配慮が込められています。それを受け取る側も、感謝の気持ちを適切に伝えることで、その心遣いに応えることができます。適切な方法で感謝の気持ちを伝えることが、故人への供養にもつながると言えるでしょう。

葬儀費用に困ったらローン以外の選択肢も考えよう

大切な家族との突然の別れ。深い悲しみの中で、葬儀費用という現実的な問題に直面し、頭を抱えてしまう方は少なくありません。「まとまったお金がないから、葬儀ローンを組むしかないのか…」と、追い詰められた気持ちになっているかもしれません。しかし、少し立ち止まって、視野を広げてみてください。資金を準備する方法は、葬儀ローンだけではないのです。まず、最初に確認したいのが「公的な補助金制度」の存在です。あなたが国民健康保険や後期高齢者医療制度に加入している場合、自治体から「葬祭費」として3万円から7万円程度の給付金を受け取れる可能性があります。また、会社の健康保険に加入している場合は、「埋葬料(費)」として一律5万円が支給されます。これらは申請しないと受け取れないお金ですので、忘れずに手続きをしましょう。次に、故人が加入していた「生命保険」を確認してみてください。死亡保険金は、葬儀費用に充てるための代表的な財源です。受取人が指定されていれば、比較的早く受け取ることができます。また、「葬儀費用は受取人固有の財産」とみなされるため、相続手続きが終わる前でも引き出せるのが大きなメリットです。もし、あなたがクレジットカードを持っているなら、「分割払いやリボ払い」を利用できる葬儀社もあります。手持ちのカードが使えるか、事前に葬儀社に確認してみましょう。ただし、金利が比較的高めになることが多いので、返済計画は慎重に立てる必要があります。そして、意外と知られていないのが、葬儀社独自の「分割払い制度」です。ローン会社を通さずに、葬儀社が直接、費用の分割払いに応じてくれるケースがあります。金利がかからない場合も多いので、ローンを組む前に、まずは葬儀社に「分割払いは可能ですか?」と相談してみる価値は十分にあります。一つの方法に固執せず、これらの選択肢を組み合わせることで、あなたの負担はきっと軽くなるはずです。

意外と知らない住職の奥様やご家族の呼び方

お寺とのお付き合いは、住職ご本人だけにとどまりません。法事の準備などで、奥様やお子様といったご家族の方とお話しする機会も少なくありません。その際に「奥様は、何とお呼びすれば良いのだろう」と迷った経験をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。実は、住職の奥様には「坊守(ぼうもり)」という正式な呼び方があります。これは単なる配偶者の呼称ではなく、住職と共に寺院を守り、維持していく大切な役割を担う方への敬称です。特に、親鸞聖人が妻帯を公にした歴史を持つ浄土真宗では、この「坊守」という存在が非常に重要視されており、寺院の活動に欠かせないパートナーとして尊敬されています。ですから、改まった場や初めてお会いした際には「坊守様」とお呼びするのが最も丁寧で望ましいでしょう。とはいえ、この呼び方に馴染みがない方も多いかもしれません。その場合は、一般的に使われる「奥様」という呼び方でも決して失礼にはあたりません。お寺や地域との関係性によっては、より親しみを込めて「お寺の奥さん」などと呼ばれていることもあります。また、住職の後継ぎであるご子息のことは「若(わか)様」や「若住職(わかじゅうしょく)」、お嬢様は「お嬢様」や「姫様」などとお呼びするのが一般的です。こうした呼び方を知っておくと、いざという時に慌てずに済みますし、お寺の方々からも「よくご存じですね」と良い印象を持たれるかもしれません。何より大切なのは、住職だけでなく、お寺を支えるご家族皆様に対しても敬意を払う気持ちです。呼び方はその気持ちを表す一つの手段に過ぎません。まずは「坊守様」という丁寧な呼び方があることを知識として知っておき、その場その場の関係性に応じて柔軟に使い分けるのが良いでしょう。

父を見送った二日間!通夜と告別式で感じたこと

父が旅立ったあの日から、私の時間は止まったかのように感じられました。しかし、現実は否応なく進み、私たちは父の葬儀の準備に追われました。そして迎えたお通夜と告別式の二日間は、私にとって全く意味の異なる、忘れられない時間となりました。お通夜の夜、斎場の小さな和室に安置された父の周りには、私たち家族と、本当に親しかった数人の親戚だけが集まりました。静寂の中、線香の香りが立ち込め、時折誰かが父の思い出をぽつりと語る。そのたびに、すすり泣きが聞こえる。それは、悲しみを共有する者だけが集う、濃密で、あまりにも静かな時間でした。社会的な役割から解放され、ただの「父の子」として、父の亡骸のそばで過ごしたあの夜は、父の死を自分の心にゆっくりと染み込ませていくための、大切な時間だったように思います。翌日の告別式は、一変して慌ただしいものでした。父の会社の同僚や、昔の友人など、私が知らない父の顔を知る人々が次々と訪れます。私たちは喪主として、その一人一人に頭を下げ、挨拶を交わさなければなりませんでした。悲しみに浸る余裕もなく、儀礼的な時間が刻々と過ぎていきます。それは、父が社会の中でどれだけ多くの人と関わり、生きてきたのかを実感する場であり、社会的な存在としての父との「お別れ」なのだと感じました。お通夜が、家族としての父とのプライベートな別れだったとすれば、告別式は、社会人としての父とのパブリックな別れでした。一つ一つの儀式が終わっていくたびに、父がこの世から本当にいなくなってしまうのだという現実が、重くのしかかってきました。この二日間があったからこそ、私は自分の心を段階的に整理し、父の死を受け入れる準備ができたのかもしれません。