大切な方とのお別れの儀式である葬儀の日程を決める際、日本の多くの地域で古くから避けられてきた特定の日があります。その代表格が「友引(ともびき)」です。カレンダーに記されているこの日は、中国から伝わったとされる「六曜(ろくよう)」という暦注の一つに由来します。六曜は元々、時刻の吉凶を占うものでしたが、日本に伝わってから意味合いが変化し、日の吉凶を示すものとして民間に広まりました。友引も、元来は「共引」と書き、勝負事で「共に引き分ける、勝負なしの日」という意味合いで、決して悪い日ではありませんでした。しかし、時代と共に陰陽道の影響などを受けながら、その漢字の字面から「友を(あの世へ)引く」と解釈されるようになり、葬儀のような弔事をこの日に行うと、故人様が親しい友人や家族を連れて行ってしまうという迷信が広く信じられるようになったのです。この考え方は、仏教の教えとは全く関係がありません。仏教では、人の死は因果応報や縁によって定まるものであり、特定の日の吉凶がそれに影響を及ぼすという思想は存在しないためです。それにもかかわらず、この風習が現代社会にまで深く根付いているのは、それが人々の心理に巧みに寄り添っているからに他なりません。大切な人を亡くした直後のご遺族は、深い悲しみと混乱の中にあり、精神的に非常に不安定な状態です。そのような時に、たとえ迷信であっても、少しでも縁起が悪いとされる要素は取り除きたいと願うのは、ごく自然な心情でしょう。また、ご遺族自身は気にしなくても、参列してくださる親族や友人の中にこの慣習を重んじる方がいる可能性を考慮し、無用な心配や後々のわだかまりを生まないようにするという、社会的な配慮から友引を避けるという選択がなされるのです。これは非合理的な判断というよりも、悲しみの場において共同体の調和を保ち、皆が心穏やかにお見送りをするための、日本社会に息づく無言の知恵であり、思いやりのかたちと言えるかもしれません。