それは親戚の葬儀に参列した際のことでした。急な訃報だったため、私はクローゼットの奥から数年前に一度だけ履いた葬儀用の黒いパンプスを取り出しました。見た目には劣化もなく、サイズも問題ないはずだと確信して家を出たのです。しかし、会場に到着し、受付を済ませて式場内へ移動し始めたとき、異変に気づきました。一歩踏み出すごとに、右足の踵がパカパカと浮き、ストッキングの滑りも手伝って、まるでスリッパを履いているような感覚に陥ったのです。葬儀会場の廊下は静まり返っており、私の靴が脱げそうになるたびに「ペタッ、ペタッ」という不格好な音が響き渡りました。周囲の視線が気になり、私は足指に力を込めて靴を掴むように歩きましたが、そのせいで足の裏がつりそうになり、歩き方まで不自然になってしまいました。さらに最悪だったのは、焼香の場面です。自分の順番が回ってき、祭壇の前へ進み出ようとした瞬間、ついにパンプスが右足から完全に脱げ落ちてしまったのです。静寂の中で靴が床を打つ乾いた音が響き、私は真っ赤な顔をして慌てて履き直しました。その後の読経の時間は、故人を偲ぶどころか、次に立ち上がるときにまた脱げないかという不安で頭がいっぱいでした。この苦い経験から学んだことは、葬儀用の靴は「たまにしか履かないからこそ」念入りなメンテナンスと事前の試着が不可欠であるということです。靴の素材である合成皮革や天然皮革は、時間が経過すると乾燥して硬くなり、足への馴染みが悪くなります。また、体重の変化や歩き方の癖によって、以前はぴったりだった靴でも隙間が生じることがあります。葬儀という場は、想像以上に歩く機会が多いものです。お通夜から葬儀、告別式、そして火葬場への移動と、1日の大半をその靴で過ごさなければなりません。私はその日の帰りに、すぐに靴修理店へ立ち寄り、踵の滑り止めパッドと、サイズを微調整するための前滑り防止インソールを購入しました。また、自分に合ったインソールの入れ方を店員さんに教わり、今ではどんなに歩いても脱げない自信があります。さらに、バッグの中に予備の靴ずれ防止シールと、強力な滑り止めパッドを常備するようになりました。葬儀はやり直しのきかない一度きりの儀式です。自分の不注意で故人との最後のお別れの時間を台無しにしてしまった後悔は、今でも忘れられません。足元を整えることは、自分自身の品格を保つだけでなく、故人や遺族に対する最大限の敬意の表れでもあります。もし、これから葬儀に参列する予定がある方がいれば、私は声を大にして伝えたいです。どうか、出発前に一度その靴を履いて、家の廊下を10往復してみてください。その数分間の確認が、当日のあなたを救い、心穏やかなお別れを可能にしてくれるのですから。
悲しみの席で靴が脱げた私の失敗談と教訓