長年、都内の工房で婦人靴を仕立ててきた靴職人の視点から見ると、葬儀で「パンプスが脱げる」という悩みは、日本特有の住宅文化と靴の構造のミスマッチから生まれている面があります。葬儀では、玄関で靴を脱ぎ、再び履くという動作が繰り返されます。このとき、スムーズに着脱できるようにと少し大きめのサイズを選んでしまうのが、脱げやすさの第一の原因です。しかし、靴職人の立場から言わせれば、パンプスは「ややきつい」と感じるくらいのサイズが正解です。なぜなら、パンプスは紐やベルトがないため、履き口の絞りと踵のカーブだけで足を保持しなければならないからです。特に葬儀用の黒いパンプスは、装飾を排したプレーンなデザインが求められるため、構造的なホールド力が弱くなりがちです。もし、既に持っている靴が脱げやすくなっているなら、それは中底が沈み込んでしまったか、踵の芯が柔らかくなってしまった可能性があります。本革の靴であれば、専用のシュリーカー(靴を伸ばす道具)の逆で、熱を加えて僅かに絞ることも可能ですが、一般的には中敷きによる調整が最も現実的です。私がお勧めするのは、牛革製の薄い半敷きです。ジェルタイプは一時的な密着感はありますが、汗を吸わないため長時間の葬儀では蒸れて滑りやすくなる欠点があります。革製の中敷きは湿気を吸収し、ストッキングとの適度な摩擦を生んでくれるため、脱げにくさが持続します。また、踵のライニング(内張り)が破れていたり、ツルツルになっていたりすると、どんなにサイズが合っていても脱げます。ここをスエードなどの起毛素材で張り替えるだけで、驚くほどフィット感は改善されます。葬儀用という性質上、頻繁に履くものではありませんが、保管方法も重要です。長期間放置すると革が乾燥して形が歪み、踵のホールド力が失われます。数ヶ月に一度は黒いクリームで保湿し、木製のシューキーパーを入れて形を整えておけば、いざという時に「脱げる」という失礼を犯さずに済みます。葬儀は、自分を美しく見せる場ではなく、故人を尊厳を持って送り出す場です。そのためには、一歩一歩の足取りが確実である必要があります。踵を地面にしっかり着けて、静かに歩く。その動作を支えるのは、職人が仕立てたようなフィット感のある1足のパンプスです。もし靴選びに迷ったら、安易なサイズ表記に頼らず、まずは自分の足を壁に付けて正確な全長と幅を測ってみてください。自分の足の特徴を知ることは、葬儀でのトラブルを防ぐための、最も職人気質で確実なアプローチと言えるでしょう。
靴職人に聞く葬儀用パンプスの正しい選び方と維持